お風呂の中の哲学者    (お風呂の中から考える)

このブログはお風呂の中で書きます。湯舟に浮かびながら、ふんわりした気持ちで頭に浮かぶことを書いて行きます。

生きてる間は

不思議な縁のつながりで、

そのお坊さんとは10年前に知り合いとなり、

年に数回、近所の駅の近くの「大衆食堂」で、

夕方あたりから、ごはんを食べたり、

お酒を飲んだりする。

 

20畳くらいの広さの食堂に、

長机が8つくらいあり、つめつめに座れば

20人くらいが飲み食い出来るか、という広さ。

 

あらかじめ調理がされた惣菜や、

ガラス張りの冷蔵庫に入っているお刺身、

とり貝、ウニなど、

自分の好きな食べ物を自分で取りに行く。

 

そうそう、ビールも同じくガラス張りの冷蔵庫に入ったものを、自分で取りに行く。

 

そのうつわを見て、店のおっちゃん

おばちゃんは料金を計算する。

レジは見たことがない。

残ったうつわを見て、小さい手帳に何やら書き込み、値段を告げられる。

お客は誰も文句を言わない。

文句を言える状態でもない。

 

お店の常連とおぼしきおじさん、

おばさん達のオアシス。

 

日焼けで真っ黒になった警備員さん。

メガネをかけて、ひげを生やした口元からは

陽気な言葉しか出てこない。

 

20歳年下の旦那さんが居る、元水商売のママさん。この元ママさん、かつてのお仕事をされていた癖なのか、テーブルを拭いたり、食器の後片付けを勝手にしてくれる。

ちなみにお肌はツヤツヤだ。

 

お店はお昼から夜の10時くらいまで開いていて、そんなお店なもんだから、真昼間から赤ら顔のいい調子のおじさん、おばさんたちがたくさん居る。

 

そんな店。

 

いつもは本当に他愛もない話が終始続く。

最近あった出来事、子供の成長、自分の仕事のことなどなど。

 

立派な福耳をされており、

メガネの奥にある大きく慈悲深い目が笑うのを

見るのが、僕はとても好きだ。

 

年齢も僕の8つくらい上。

 

比叡山延暦寺のお坊さんというのを聞かずとも、自然とその徳を感じる。

 

 

普段はお坊さんに聞くような死生観であるとか、そういった事は聞かない。

今、考えてみると、聞く必要がなかったのかもしれない。

 

しかし、この夏に親しい人が自分の人生の幕を閉じさせて、悲願の向こうに行ってしまったからか、どうしても「そういう事」が聴きたくなった。

 

ごく親しい人がこの夏、亡くなってしまった。

あまりに長く、あまりに一緒に居たので、

風景を見れば

「一緒にこの景色を見たな」、

モノを見れば

「あの人の使っていたものだな」、

と、事あるごとに思いだす。

どうしたらいいというか、

どうなんでしょうか。

 

お坊さんは、僕の話をする間、

じっと目を開いて、まばたきひとつ

されずに聞いてくださった。

 

「お葬式に呼ばれる時」

 

お坊さんは切り出された。

 

「何より辛いのは、

   若い人が急に亡くなってしまった

   というお葬式が辛いです。」

 

「年齢がいっているからよい、

   というのでは、もちろんなくて。」

 

「そういう事が仕事なのですが、

   それでもやはり辛いです。」

 

「人が生きるという事を

   波に例える場合があります。

   沖からすーっとやってきて、

   大きくざぶーーん、と立つ波がありますが、

   人が生きているのはあの

   大きなざぶーーん、だと。」

 

「一瞬なんです、はい。

   一瞬です。」

 

それでよかった。

凄く納得した。

一瞬なんだ、やっぱり。

会った事の方が凄いんだ。

 

「一瞬ならば、修行せねばですね」

 

「そうですね」

 

比叡山には千日回峰という行が

   ありますよね⁈

   それを達成された方は『阿闍梨』と

   呼ばれる。

 

   1回達成するだけでも凄いのに、

   戦後2回も達成された『大阿闍梨』さんが

   いらっしゃいますよね。

 

   ただただ感嘆するだけなんですが、

   何故2回されたのか、少しだけ感じられた

   そんな気がします。」

 

「実は千日回峰の修行日数

   厳密に言うと千日ではありません。

   

   900何日かなんです。」

 

「そうなんですか⁈」

 

「そうです。

    終わりきらないようにしてあります。

    修行が終わって、何かが終わる。 

    それは仏の境地なんです。」

 

 

帰り際、お坊さんを駅までお送りした。

僕とは帰る方向が違うので、

反対側のホームに向かわれた。

 

電車が来るまでiPadで何やら読まれている。

 

やって来た電車に乗り込まれ、

僕を見つけた時に、

笑顔で手を振ってくださった。

 

僕はいつもよりかなり深くお辞儀をし、

お見送りをした。

 

 

2018年9月23日(日) 21:51

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

100%じゃないのは不純なのか

ひょんなことから知り合った東京のデザイナーさんが、滋賀県の山奥でポスター展を開催するといので、出かけてきた。

 

凄く有名なデザイナーさんだから

 

「何故、東京でポスター展をやらず、

   この滋賀県の山奥でやるんですか?」

 

 と聞いたら

 

「とにかく信楽(しがらき)でやりたいの」

 

と、凄く熱量が高い、

それ以上無い

ピュアな回答が返ってきた。

 

信楽(しがらき)」とは、

今回のポスター展が行われる場所で、焼き物の産地として有名なところ。

 

会場に入ってみると、20畳から30畳くらいの広さの部屋で、床と壁はコンクリートが打ちっ放しになっている。

 

入り口から見て左側は一面ガラス窓で、中庭が見える。右側の壁に20枚ほどのポスターが貼ってあり、どれも本当にセンスがいいイラストが描いてある。

 

デザイナーさんは日本の美術大学を出た後、イタリアで留学、修行されて、技術を高められた。イタリアがら大好きな僕は、ポスターで使われている色の話から入った。

 

「イタリアが大好きで、現地で見た

    建物の壁に貼ってあるポスターが好きになり

    ニュアンスとか、色とかが大好きでした。

    ここに描かれているポスターの色、

    大好きです!」

 

ポスターは、イタリアのワインメーカーから

依頼されたものや、日本のワイン・生ハムイベントのものなどがあった。

 

「ありがとうー」

 

シルバーの長髪を後ろで束ね、

おしゃれなヒゲが生える口もとを上げて、

デザイナーさんは微笑んだ。

 

日本のポスターの色使いがハッキリし過ぎて、まぶしすぎて苦手だ、と伝えたところ、

 

「例えば、この輪郭で使ってる黒。

   これは、100%真っ黒ではないんだ。

   現実世界で真っ黒って存在していない。

   自然に無い色だから、少し違和感を感じる。

   だから僕が使う黒は70%くらいの成分に

   落としているんだ。」

 

もう、その回答が凄く嬉しかった。

感覚を共有出来ている感じ。

余計な言葉を必要としない人との出会いは、

何より嬉しい。

 

「有名な日本車メーカーの『白』って

   あるじゃない⁈

   あれ、僕嫌いなの。

   漂白した白は不自然なんだよ。」

 

完璧なまでに同じ意見だったので、

思わず握手してしまった。

 

その部屋の奥には間仕切りがあり、

さらに3点のポスターが展示されている。

 

有名な絵本作家に

 

「主人公の心象風景や、物語の世界観を

   ポスターにして欲しい! 

   実在しないシーンでも良いから」

 

というオファーをされて

制作されたポスターらしい。

 

それぞれ、黄色、緑、赤を基調にしている。

 

どの色も100%その色ではなく、

やはり何%かはオフにしてあるのが

一目でわかった。

絵本のファンシーな世界観ではない、

少しダークなものが表現されていて、

少し怖さを感じるのが、またよかった。

 

素晴らしい!

 

さらに、どのポスターにも

一番上にアルファベットで

文字が書かれている。

 

ラテン語ですね⁈」

 

「そう。

   あんまりパッと見ただけで、

   多過ぎる情報を与えられるの

   好きじゃないんだ。」

 

これも本当に同感。

 

「僕は洋楽が好きなんですが、

   理由のひとつに『意味がわかんないから』

   というのがあって、

   強い言葉のメッセージを

   曲に聞いた時には受けたくないんですよ。」

 

「がっかり、するよねー。」

 

同感...と感じる前に握手していた。

 

 

2018年9月23日(日)  14:14

 

 

   

 

 

ITALIA

行く前から予感はしていた。

 

「とてつもなく好きになるんじゃないか?」

「物凄くフィットするんじゃないか?」

 

アルファロメオが好きだった。

日本の車では考えられない形。

カッコいいと感じるギリギリエッジに立つ

そのデザイン。

下手すると「ダサい」のギリギリ手前。

 

フェラーリが好きだった。

あれは車ではない。

たまたま走るアートだ。

 

イタリアが産み出すクルマや

デザインが独特過ぎて凄すぎて、

普通の国にはとても思えなくて

予感はしていた。

 

冬の成田を13時に出発し、

トランジットのフランクフルトで

3時間くらい待たされようと、

ローマの空港に着いたのが、

真夜中の12時間前で

あたりが真っ暗、フラフラになっていようと、

空港の玄関にあるアイボリー色のタクシーが

全てフィアットで、

イタリアに来た実感を噛み締めていた。

 

参加したのはいわゆる普通の「ツアー」と

いうやつで、ナポリ、カプリ、ベネチア、ピザ、フィレンツェ、ミラノと、イタリアの主な観光地を周るものだったけど、全てはマジックだった。

 

僕は、あれだけ美しい街がたくさんある国を

他には知らない。

 

僕は、あれだけ美しいもので囲まれた生活を

する人々を知らない。

 

僕は、あれだけ魅力的な光に包まれた国を

知らない。

 

圧倒された。完全にフィットした。

 

僕が時折思う

「何故僕は東京に産まれなかったのか」

と同じように、

「何故僕はイタリアに産まれなかったのか」

と、心底思った。

 

全てが違う、

全てが日本と違い過ぎるんだけど、

僕は漂う空気がかもし出す光が

最も違うと感じた。

 

日本の夜は照明のせいなのか、

街が白く光っている。

僕はそれに耐えられなくて、夜の街といものを

あまり出歩かないし、

家に居ても、光を落とす。

 

しかし、イタリアの夜の街は

街がぼんやりオレンジ色に発光していた。

 

とくにフィレンツェは細い路地が多く、

そこの細い通りを覗いたら、

ジギースターダストが歩いているようだった。

 

昼は昼で、

ミラノでドゥオーモ越しに見る陽の光は、

そこに天使が居るのは疑いようのない

真っ白で、綺麗な銀色をしていた。

 

真冬でこれなのだ。

 

聞けば、

春から秋にかけてのイタリアは最高らしい。

 

10日あまりの旅行で、僕はすっかりイタリアにやられてしまい、本当に日本へ帰るのがイヤだった。

 

「こんな美しい色で出来た国を離れるなんて」

 

そう思いながら、

ミラノのマルペンサ空港で見た、

薄いオレンジ色と紫色と、濃紺と、

わずかなスジ雲で出来た空を見て、

やはり美しさにやられていた。

 

「真冬でこれなんだろ⁈

   春、夏、秋はどうなるんだ?」

 

僕はまだその答えを知らないでいる。

 

 

2018年9月21日(金) 21:02

 

 

 

オキュパイド(occupied) 8

滋賀県の自宅を出発してから4日目で、既に神奈川の平塚市に入っていた。気候がよかったのか、自分に体力があったのかは分からないけど、予想以上のペースで来た。

 

いや、「来てしまった」。

 

このままで行くと、明日8月5日には都内に入ってしまう。彼女の誕生日は8月6日なので、1日早い到着になってしまい、1日をどこかで潰さねばならない事になってしまう。

 

けれど僕にはその発想が無かった。

彼女の誕生日に到着を合わせようという気持ちが、もう無くなっていた。

 

彼女の今の彼に対する気持ちは強いと分かっていたし、関西から自転車でわざわざやって来たところで、それが変化しない事は分かっていた。3日目あたりから、旅の目的が

 

「彼女に対して思いを伝える」

という事から、

「彼女に対しての気持ちを燃やし尽くす」

というものに、すっかりと変わっているのに

気がついた。

 

半端で仕方ない気持ちを

綺麗さっぱり燃やすには、

500kmの距離を自転車で走ることが

必要だったのだ。

 

だから、分かりきっている結果は

もはやどうでもよかった。

 

誕生日の1日前だけれど、

彼女に会うことにした。

 

その日の朝はよく晴れていた。

 

彼女が住むところは、彼女が通う大学の近くにあった。

しかし僕は下宿には行かず、

その大学の近所から彼女に電話した。

 

「もしもし...」

 

午前10時過ぎというのは、

大学生、しかも夏休みの大学生の活動時間には

まだまだ早い。

眠そうな声で彼女は電話に出た。

 

「君の通う大学の近くにいる。

   今から来てくれかいか?」

 

明らかに迷惑そうな、しかし、滋賀県からきたので、むげに断るわけもいかないような空気感が漂う声で、

 

「分かった」

 

と、彼女は答えた。

 

10分くらいしただろうか、彼女がやってきた。

相変わらず綺麗な瞳をしてい...たように思う。

今となっては、その時の彼女の見た目を

あまりクリアに思いだせない。

 

自分の部屋で、大学のダンスサークルの仲間何人かと寝ていたところだったらしい。

 

「その子たちが言っていたわ。

   急に呼び出して失礼な人ね、って。」

 

会ったこともない、顔も知らない女の子に、

ずいぶんひどい事を言われたものだ。

 

「ごめん。」

 

取り敢えず謝るのがスジかと思った。

 

彼女は明らかに不機嫌というか、迷惑そうにしている。

 

かまわず、

 

「君に好きな人が居て、付き合っているのは

   知っている。

  それをどうこうするつもりは全くない。 

   僕は君のことが好きだ。

   その事を伝えにきた。」

 

と僕は言った。

 

彼女は表情ひとつ変えずに、

 

「わかるけど、無駄だし、迷惑。

    私は彼にオキュパイドされてるから。」

 

「オキュパイド?」

 

まともな大学入試を受けていない僕の英語力。

その単語の意味を知らなかった。

けれども、その会話の流れで

何やら「決定的なダメ」を出された事は

分かった。

 

僕の目的は、ただ自分の気持ちを伝えるだけだったので、彼女の答えはどちらでも良かった。

 

「そうか。ここまで来て悪かった。

   幸せにやりや。」

 

そう言って、その場所を去った。

 

10mくらい進んで振り返ってみると、

そこには彼女の姿はとっくになかった。

 

急にママチャリが重く感じられてきた。

 

今の来た道のりを、何のガソリンも無く

ふたたび走るのは不可能だった。

 

宅配便の荷物預かりポイントで滋賀県の自宅に送り返す手配をし、最寄駅から中央線に乗り込んだ。

 

もう走れない。新幹線で帰ろう。

 

何日もかけて何万回とこいでやっと来た道を、

2時間少しで戻ってくるこの感じ。

何にも浸らず、新幹線の中では眠りこけた。

 

滋賀県の自宅には夕方前には帰宅し、

普通の生活が戻った。

 

あ、そうだ。

あの言葉の意味を調べなきゃ。

「オキュパイド」

だっけ⁈

 

まともな大学入試をせずに、覚えるべき単語を覚えておかなかったせいで、こんな形で調べることになろうとは。

 

えーと...

 

「occupied (オキュパイド)

   占領された状態であること。占領下...」

 

もう読まなくていい。

全く必要ない。

もう分かった。

 

占領されていたら、全然ダメじゃん。

いや、分かっていたけど、知っていたけど、

にしても、凄い言葉で恋愛状態を表現するな...

 

翌日、東京で宅配便に預けたママチャリが

家に戻ってきた。

 

それを見て母は、

 

「あれこの自転車、古くなってボロだから、

   捨てようとしていたのに。」

 

僕はその後すぐに眠りこんだ。

 

 

2018年9月20日(木)21:34

 

 

オキュパイド(occupied) 7

8月1日の早朝、と言うより夜中。

午前2時に滋賀県の家を出発した。 

もちろんあたりは真っ暗。

この年は冷夏で日中でも暑さを感じる事は

少なかったのだけど、

この時間帯は、肌寒くすらあった。

冷夏とはいえ、日中に活動するよりは、

太陽が出ていない時間帯に活動する方が、

体力的に楽だと思ったから、

こんな時間からスタートした。

 

事前にロクな練習もせず、とりあえずこぎだす自転車は、いや、ママチャリは、思ったよりも重く感じた。

 

だけど、「無理だ」とは

これっぽっちも思わなかった。

 

家から出て15分くらいすると、湖を渡る長い橋があった。目指す三重県桑名市は、この橋を渡って、広い田んぼのエリアを抜けて、山を越えたその先にある。確か地図で見た時は40kmくらいだったかな...。道路標識に出てくる地名は、まだまだ滋賀県の地名ばかりだ。

 

広い田んぼのエリアはまだまだ続いている。そんな真っ平なところに、突然並木道みたいに、一直線に木が植えられている。まだ真っ暗だし木の緑は見えず、暗闇の中にさらに濃い黒色がそびえ立ち、それが木だと分かる。

 

突然、その中の一本の木にカミナリが落ちた!

 

雨も降らず、暗闇なので雲が出ているかも分からなかった。全く分からなかった。

 

しばらく恐怖で立ちすくむ。

生きてきた中で、一番死が近く感じられた。

 

「やめるか?」

「まだ戻れる距離だぞ」

「こんなことで死ぬのか?」

 

浮かぶ思いはマイナスばかりだったけど、

なぜか東京へ向けて、

自転車をこぎだしていた。

なぜなのか、今思い出してもわからない。

 

滋賀県三重県の県境にある山が見えだしたころ太陽が出始め、あたりが明るくなってきた。

 

ものすごくホッとした。

明るいって何て素晴らしいんだ。

 

自転車のペダルをこぐのが、段々苦しくなってきた。山を登り始めたからだ。

 

「この先が三重県かー」

 

と思うと、少しやる気が出てきた。

道路標識に出てくる地名も

三重県の都市が出始める。

 

山を登るにつれて段々と道端が狭くなってきた。

 

はじめは5mくらいあった道端は、次第に4m、3mと狭くなっていく。山頂に達する頃には50cmくらいしかなく、周りは雑草だらけで、県道というには、あまりに心細い道端しかなかった。

 

「迷ったか?」

「引き返すか?」

 

しかし、冗談みたいに「県道」の標識がある。

 

と思っていたら、段々と道が下り始めた。

考えるのが面倒になり、車輪が転がるに任せていると、徐々に道端が広がりだした。

 

やがて雑草も少なくなり、広い場所に出た。

 

街が見える。

 

三重県桑名市だ。

 

2018年9月20日(木)0:05

 

 

オキュパイド(occupied) 6

僕に浮かんだある考えとは、

彼女の誕生日に、彼女の住む東京の街へ行き

自分の思いを伝える事だった。

 

けれどもただ東京に行っただけでは、彼女は会ってくれないような気がした。彼氏も居るし、今は別の場所で別の時間を生きている僕に、誕生日の日に時間を割かないのではないか、という気がした。

 

どうしたら会ってくれるんだろう...

 

「滋賀の自分の家から、自転車で東京に行けば

   とりあえずは会ってくれるんじゃないか⁈」

 

何故か、どこからか、

そういう考えが浮かんだ。

 

もしも、今の僕が当時の僕に会えるなら

 

「それとこれとは、別なんじゃないの⁈」

 

という、もっともなアドバイスをしただろう。

いや、するかな?しないか?

いや、とりあえずアドバイスはするだろう。

 

多分、当時の僕は、

全く聞き入れないだろうけど。

 

そう決めたら

「やらねばならないことは何だ?」

と考えた時に、

「とりあえず東京までの道を調べねば」と

思い立ち、友達に相談した。

 

当時は無かったんだよ、スマホみたいな

超が付く便利なものが!

「どこかへ車なりバイクで行く」と決めたら、

まずどの道を使ってそこまてま行くか、

地図で調べるのが当たり前だった。

 

相談した友達は、僕の話した内容を聞いて、

本当に一瞬だけ驚いたように見えたが、

すぐに、

 

「まあ、お前らしいわ」

 

と、納得するような、あきらめるような、

どこか楽しそうな表情をした。

さすが、付き合いが長いだけはある。

 

1時間くらいかけて考えたルートは、

 

滋賀県内は小さな県道を通り、

   三重県桑名市に入ったら、

   国道1号線に入り、ひたすら東京へ向かう」

 

という、超絶にシンプルなものだった。

 

トータルの距離も450kmから460kmくらい。

徒歩だと1時間で5kmから6km進むとして、

自転車ならば12kmくらいか。

 

ざっと計算したら、

「1日に100km弱は進めるかー」と

極めて荒い計算をして、

「5日間あれば東京に着くな」と

ざっくり考えた。

 

思い出してみるとこの時の僕は、

「雨が降る」

という、荒れた天気を全く想定しておらず、

 

「今年は冷夏だから、ちょうどいい!」

 

という考えしかなかった。

 

「アドリブが信条さ!」

 

なんて言えば聞こえだけはいいが、

何の事はない、単なる想定不足だ。

 

しかし、いくら冷夏とは言え、

旅の後半はバテると予想したから、

着るモノは「捨ててもいい」ボロボロのモノで、その日に着たものは捨てて行くという方式をとった。

 

「誕生日に間に合うためには、

   8月1日に出発すればいいか」

 

と考えて、8月1日の早朝に

自宅を出ることを決めた。

 

それを決めたら、勝手に指が

彼女の電話番号を押していた。

 

あれ、あんまりかける気はないぞ...

 

と、思ってしまってるうちに、

彼女に電話が繋がってしまった。

 

少し眠そうだった。

 

「君に彼氏が居て、

   とても好きなのは知ってる。

   けれど僕は僕で、君に誕生日の

   メッセージを伝えたい。

   伝えに行くから。」

 

彼女は困惑と迷惑と、惑という惑の感情を

 感じている様子だったけど、僕は自分の伝える事だけ伝えて、電話を置いた。

 

 

何て間抜けなんだ、こいつは!

 

 

2018年9月18日 (火)  22:17

 

 

 

 

オキュパイド(occupied) 5

何年かぶりに彼女と連絡するのに、

迷いは全くなかった。

連絡を受けた彼女の方も

「久しぶりだねー」みたいな感じで、

へんな、妙な空気にはならなかった。

初めて2人で会った日と同じく、7月の京都で会うことになった。

 

久しぶりに連絡をした日から、どれくらい経ったかな?多分1週間くらいしてから、僕は彼女と再会した。 

 

相変わらず、というか、さらに綺麗になっている彼女は、「女の子」と言うには少し失礼かと思うような雰囲気も漂っていた。以前より少し長くなっているヘアスタイルのせいかもしれない。ショートカットではなく、セミロングになっていた。

 

京都の街を歩きながら、あの時からの事を色々話した。僕が留学に行けなかったこと。彼女のアメリカでの暮らしのこと。彼女がアメリカから帰ってきて、1学年下のクラスに編入した時の事。大学入試のこと。

 

聞けば彼女は、東京の大学に通っているとの事だった。それまでの学力では到底無理だったけど、アメリカ留学したおかげで英語力が上がり、その大学に合格したらしい。今もダンスをしたり、とても楽しくやっていると。

 

明るく、楽しそうに話す彼女を見て、少し安心したのだけれど、かつての僕への熱量がその瞳から失われていて、少しさびしかった。

 

けれど、

「まあ、そうだよな。

    よかったよな、うん。」

と、その時は思う事が出来た。

 

さほど思い切らずに、

 

「付き合ってる人はいるの?」

 

と聞いた。

 

「...うん。」

 

と、彼女が答えた。

 

当然だ。

そりゃあ、そう。

彼女ならば、まわりがほっておかないよ。

当たり前だわな。

 

聞こうが聞かまいが、自分が聞いたところで、

何も変わらない、何も起こらない事を聞いて、

また、その答えを聞いて、妙に納得した。

 

「よかったなー」

 

と、強がる必要もなく言えた。

 

「またこっちに帰ってきたら会おう」

「うん」

 

という会話をして、その日は別れた。

 

「よかったなー」

「いや、本当によかった」

 

会ったその日は、安堵感に支配されて、

何だか穏やかだった。

 

しかし、2日、3日と経ち、

心の中にある違和感を見つけた。

 

何かしっくりこない。

 

何だろう?

よかったよな。

よかった!

よかった、のか...?

よくはないのではないか?

何故よくはないのだ?

何故だ?

彼女のことが気になるからじゃないか。

気になるというより、好きなのではないか?

今さら⁈

東京に居るのに⁈

でも、好きみたいだ。

 

という違和感を見つけてしまったのだ。

 

「何で今なんだよ...」

 

と、自分の中に聞いてみたけど、

自分の中の自分は、

何も答えてはくれなかった。

 

ふと、机の上にあったカレンダーを見た。

 

「今日は7月28日か...」

「!」

 

僕の中で、急に「ある考え」が浮かんだ。

 

2018年9月17日(月) 21:13