お風呂の中の哲学者    (お風呂の中から考える)

このブログはお風呂の中で書きます。湯舟に浮かびながら、ふんわりした気持ちで頭に浮かぶことを書いて行きます。

風が吹くと桶屋がもうかる

「風が吹くと桶屋がもうかる」

という一文、聞いたことはないだろうか?

 

「世の中のあらゆる事は関係していて、    

   思わぬ所で思わぬ影響を与える。」

 

みたいな意味だけど

何となく知ってる人も多いと思う。

 

「風が吹いたら、回り回った結果として、

   風とは全く関係の無さげな、

   桶屋がもうかる」

 

まあ、そんな事もあるかね、という感じ。

「どうやら世の中って、

   色々影響をし合っている

   みたいだから、そんな感じかもね。」

くらいの感情しか湧いてこない。

 

んー、これじゃあちょっと、不親切過ぎやしないか?説明不足過ぎやしないか?

僕は以前からそう思っていたのだけれど、

何年か前に、この「風が吹けば〜」に

ついて書かれた開高健のエッセイを読んで、

みるみる情景が浮かび、ふかーく納得した。

彼によると、この一文はこういうストーリーらしい。

 

時代劇でよく見る、江戸時代の街の風景を思い浮かべてほしい...

 

「風が吹くと、街中の砂が舞う。

 

   あまりに強い風だったので、たくさんの砂が

   舞ってしまい、それが目に入り

   失明してしまう人が出てくる。

 

   目が見えなくなると、以前と違って外を

   自由に出歩けなくなり、家に居る事が    

   とても多くなる。

 

   家に長くいてもやる事がないので、

   『ちょいと三味線でも始めてみようか』

   という人が増えてくる、

 

   そうなると三味線がたくさん売れ始め、 

   三味線の弦の材料のネコのヒゲが

   たくさん必要になり、ネコが片っ端から

   捕まえられる。

 

   ネコが街中からいなくなると

   ネズミが増えだし、

   あちこちの家の桶をかじる。

 

   かじられた桶は役に立たないから、

   新たに桶を買う為に、

   お客が桶屋に殺到する。

 

   かくして、桶屋がもうかる。」

 

くるくると変わる場面が

クッキリと目に浮かぶ表現。

無理な展開の無いストーリー。

これだけビビッドに情景が浮かんだら、

文字の記憶ではなく風景の記憶となるので、

そうそう忘れるものではない。

 

おお、おお!おおお!!

 

文の後半に行くにつれて、

自分の意識がどんどん文とシンクロし、

鮮やかな場面が目に浮かびだす。

 

生きているからこそ起こる物語。

ストーリーの中には風と、人と、ネコと、

ネズミが生きている。

生きているからバトンを受け取り、

誰かに渡している。

 

あなたが満員電車の中で、となりに立った婦人を、急ブレーキの拍子に押してしまったその瞬間、地球の裏側である赤ちゃんが、10時間後にするクシャミのキッカケを、ひょっとしたら作っているのかもしれない。

 

 

2018年9月8日 0:31