お風呂の中の哲学者    (お風呂の中から考える)

このブログはお風呂の中で書きます。湯舟に浮かびながら、ふんわりした気持ちで頭に浮かぶことを書いて行きます。

オキュパイド(occupied) 8

滋賀県の自宅を出発してから4日目で、既に神奈川の平塚市に入っていた。気候がよかったのか、自分に体力があったのかは分からないけど、予想以上のペースで来た。

 

いや、「来てしまった」。

 

このままで行くと、明日8月5日には都内に入ってしまう。彼女の誕生日は8月6日なので、1日早い到着になってしまい、1日をどこかで潰さねばならない事になってしまう。

 

けれど僕にはその発想が無かった。

彼女の誕生日に到着を合わせようという気持ちが、もう無くなっていた。

 

彼女の今の彼に対する気持ちは強いと分かっていたし、関西から自転車でわざわざやって来たところで、それが変化しない事は分かっていた。3日目あたりから、旅の目的が

 

「彼女に対して思いを伝える」

という事から、

「彼女に対しての気持ちを燃やし尽くす」

というものに、すっかりと変わっているのに

気がついた。

 

半端で仕方ない気持ちを

綺麗さっぱり燃やすには、

500kmの距離を自転車で走ることが

必要だったのだ。

 

だから、分かりきっている結果は

もはやどうでもよかった。

 

誕生日の1日前だけれど、

彼女に会うことにした。

 

その日の朝はよく晴れていた。

 

彼女が住むところは、彼女が通う大学の近くにあった。

しかし僕は下宿には行かず、

その大学の近所から彼女に電話した。

 

「もしもし...」

 

午前10時過ぎというのは、

大学生、しかも夏休みの大学生の活動時間には

まだまだ早い。

眠そうな声で彼女は電話に出た。

 

「君の通う大学の近くにいる。

   今から来てくれかいか?」

 

明らかに迷惑そうな、しかし、滋賀県からきたので、むげに断るわけもいかないような空気感が漂う声で、

 

「分かった」

 

と、彼女は答えた。

 

10分くらいしただろうか、彼女がやってきた。

相変わらず綺麗な瞳をしてい...たように思う。

今となっては、その時の彼女の見た目を

あまりクリアに思いだせない。

 

自分の部屋で、大学のダンスサークルの仲間何人かと寝ていたところだったらしい。

 

「その子たちが言っていたわ。

   急に呼び出して失礼な人ね、って。」

 

会ったこともない、顔も知らない女の子に、

ずいぶんひどい事を言われたものだ。

 

「ごめん。」

 

取り敢えず謝るのがスジかと思った。

 

彼女は明らかに不機嫌というか、迷惑そうにしている。

 

かまわず、

 

「君に好きな人が居て、付き合っているのは

   知っている。

  それをどうこうするつもりは全くない。 

   僕は君のことが好きだ。

   その事を伝えにきた。」

 

と僕は言った。

 

彼女は表情ひとつ変えずに、

 

「わかるけど、無駄だし、迷惑。

    私は彼にオキュパイドされてるから。」

 

「オキュパイド?」

 

まともな大学入試を受けていない僕の英語力。

その単語の意味を知らなかった。

けれども、その会話の流れで

何やら「決定的なダメ」を出された事は

分かった。

 

僕の目的は、ただ自分の気持ちを伝えるだけだったので、彼女の答えはどちらでも良かった。

 

「そうか。ここまで来て悪かった。

   幸せにやりや。」

 

そう言って、その場所を去った。

 

10mくらい進んで振り返ってみると、

そこには彼女の姿はとっくになかった。

 

急にママチャリが重く感じられてきた。

 

今の来た道のりを、何のガソリンも無く

ふたたび走るのは不可能だった。

 

宅配便の荷物預かりポイントで滋賀県の自宅に送り返す手配をし、最寄駅から中央線に乗り込んだ。

 

もう走れない。新幹線で帰ろう。

 

何日もかけて何万回とこいでやっと来た道を、

2時間少しで戻ってくるこの感じ。

何にも浸らず、新幹線の中では眠りこけた。

 

滋賀県の自宅には夕方前には帰宅し、

普通の生活が戻った。

 

あ、そうだ。

あの言葉の意味を調べなきゃ。

「オキュパイド」

だっけ⁈

 

まともな大学入試をせずに、覚えるべき単語を覚えておかなかったせいで、こんな形で調べることになろうとは。

 

えーと...

 

「occupied (オキュパイド)

   占領された状態であること。占領下...」

 

もう読まなくていい。

全く必要ない。

もう分かった。

 

占領されていたら、全然ダメじゃん。

いや、分かっていたけど、知っていたけど、

にしても、凄い言葉で恋愛状態を表現するな...

 

翌日、東京で宅配便に預けたママチャリが

家に戻ってきた。

 

それを見て母は、

 

「あれこの自転車、古くなってボロだから、

   捨てようとしていたのに。」

 

僕はその後すぐに眠りこんだ。

 

 

2018年9月20日(木)21:34